後悔

 俺の生活からマリという掛け替えのない存在が失われて丸一日が過ぎようとしている。今まで生きていた中で、俺は何一つとして一生懸命に取り組んだことはなかったのだと今思う。何一つ満足にできず、自発的な思考や行動もすることはなかった人生。思い返してみても何一つとして誇れるものはない。学業、仕事、恋愛、趣味、どれをとってみても自慢できるような内容ではない。嘘も多くついてきた。そのうそがどれだけの人を悲しませ、落胆させただろうか…今まで考えもしなかった
 失った存在の大きさは、失ってからじゃないと気づかないもの。もしかしたらまだそばにおいて置けたのかもしれない。だけど、それでは俺は結局反省しない。初めての彼女。初めてが多すぎた俺の彼女。一生忘れることはないだろうことがたくさんある。キスも、デートも、女の子と二人きりになるっていう行為自体も、二人でドライブに行ったり買い物したり映画見たり…初詣も行った。俺の誕生日にも二人でいた。でも、彼女の四月の誕生日を祝ってやることはできなかった。いま、自分の頬を伝うものが俺の気持ちのすべてなのに、それなのに俺は彼女を、満足するまで愛してやれなかった。どれだけ辛かったのだろう…あんなに思っていてくれたのに、アレだけの思いしか返してあげられないような、そんな俺をずっと好きでいたことは。マリからいろんなことを教えてもらった。人を愛するというのがどういうことなのか、好きな人と過ごす時間がどれだけ尊いものか、大事な人を失うこと、大事な人に裏切られることがどれだけ傷つくことなのか。今まで何度もこんなことがあって、その度に二人で話し合ってきた。でも、もうその話し合いすらできないと思う。
 俺には何かを一生懸命こなすということができないのかな?マリのこと愛してた。それだけは胸を張って言えるけど、マリは俺から愛されてはいなかった。たった半年間だけど、俺がマリにもらった愛はとても多かった。なのに俺は、俺は少しも返してあげられなかった。何でこんな風に生まれたんだろうって自分を恨んだ。もっと一途に、マリだけを見てあげられるような人間にどうして生まれなかったんだろう…。
 もう、マリとメールすることもできない。電話もできない。二人きりになることもないのだろう。二人で自転車をこいだバイトの帰り道。何度か二人乗りで行き来したこともあった。車で迎えに行ってあげたり、来てもらったりもした。他人からすれば、彼女も十分わがままだっていうかもしれないけど、俺にはそれすら心地よかった。好きでいてくれてるんだなって思えた。
 今泣いてるのをマリに見られたら、きっとおこられるな…俺のしたことは、マリを捨てたことと等しい。そんな俺が何で泣くんだって、ぶたれるかもしれないな。
 初めてっていいことばっかりじゃないんだ。初めて得たものを初めて失った。でもマリは、もっと辛い思いを今までしてきたんだ。俺の前で泣いたこともあったけど、きっと一人で泣いたことはもっとあるんだ。そんなことも考えてやれなかった。気づいてやれなかった。人を好きになる資格なんて、今の俺にはきっとない。戻れるならあの頃に…なんていう思考もない。戻ってもきっと俺は同じ過ちを繰り返して同じ悲しみを味わうことになる。今はとても前を向けるような状態じゃないけど、いつまでも下を向いて同じ場所にとどまってたらきっと同じことをする。だから前に進まなくちゃいけない。マリを傷つけて、自分も泣いて、それで終わりじゃない。マリに教えてもらったたくさんのことを忘れずに。今よりもっと一生懸命生きられるように。一人の人を愛せるように。変わっていく。
 マリの唇や細いからだの感触も、もう感じることはない。二人で乗った小さな車で、いろんなことをした。「一緒に住んでるみたいだね」ってマリは言ってた。「そうだね」って俺は返したけど、一緒に住みたいねって言ってあげられなかった。それはきっと心に真剣さがなかったから。好きだって、本気で思ってるつもりだった。でも、自己満足だった。思い返してみても、そんな風に感じさせてあげられるようなことをしてあげられてない。
 マリの長い髪の感触とにおいも、もう俺の周りには残っていない。キスをせがんで近づいてくる甘えた声や顔。いつも別れ際、俺の背中を最後まで見送ってくれてた。
 長い半年だった。いっぱいいろんなことあった。もっと一緒にいたかったよ。もっと好きでいたかった。もっといろんなこと一緒にしたかったし、いっぱい笑った顔を見たかった。
 許されるなら何万回でも謝りたい。好きだっていう気持ちが伝わるならなんだってできる。でももう全部終わった。会わなくなるわけじゃない。でもこれからずっと、マリのホントの笑顔には会えないと思う。
「祥ちゃんに会えるの、マリが毎日どれだけ楽しみにしてたとおもってるん?」泣きながら言ったこの言葉が今でも胸に残る。俺とマリの気持ちの差を感じた一言。
 今はすごく辛い。でもいつか、このことを自分の人生のほんの一部だって思える日が来るかもしれない。胸を張って、一遍の淀みもなく、「好きです」っていえる日が来るかもしれない。それくらい誰かを愛せるようになりたい。
 マリ、ごめんね。今までこんな俺をずっと好きでいてくれてありがとう。俺、もっと人を愛せるようになるよ。本気で誰かのこと好きになれるようにがんばる。もしそれマリだったら…って考えるけど、そんなのいやだよね。
 今までホントにありがとう。いっぱい楽しい思いで作ってくれてありがとう。初めての彼女がマリでホントによかった。いっぱいいやな思いさせて、泣かせて、でも好きだって言ってくれたよね。最後に言ってくれた「好き」って言葉がすごくつらかった。
 ずっとありがとう。バイバイ。俺の初めて。